2017.09.03説教「姦淫してはならない」

旧約聖書 出エジプト記 20章14節
新約聖書 マタイ福音書  5章27~32節

第七戒「姦淫してはならない」

なぜ「姦淫してはならない」のでしょうか。①姦淫は神が結び合わせて一体となった結婚関係を壊すからです。②姦淫は家庭を崩壊させ、心と身体に傷を残すからです。③姦淫は自分の感情、欲望を神にしていることになり、真の神を裏切ることになるからです。

エフェソ信徒への手紙5章31~33節で、使徒パウロは、夫婦の「一心同体」の関係をキリストと教会との結合として理解していました。キリストと教会の関係にたとえられる程の、夫婦の一心同体の関係を壊す姦淫は、許されないのです。

主イエスは、文字どおり姦淫を犯さなくても、心の中で妻や夫を裏切ることがあれば、この第七戒を破ったことになる、と語られました。この基準で考えたなら、既婚者は、誰しも思い当たることがあるのではないでしょうか。それならばどうしたらいいのでしょうか。主イエスは、ヨハネによる福音書八章において、姦淫を犯した女性の罪を赦されました。それは、この女性が逃げ出さずに主イエスのもとに留まることを選んだからです。主イエスは、罪を犯しても、ご自身のもとに留まり続ける者を、十字架のゆえに赦してくださるのです。自らの罪に絶望してもなお主イエスにもとに留まり続けるとき、主イエスはその罪を十字架のゆえに、赦してくださるのです。そして、この赦しのなかにあるときに、本当に妻を、夫を愛することができるのです。移り変わりやすい人間の愛情ではなく、変わることがないキリストの愛を基にした夫婦の愛を育てていこうではありませんか。

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